起(原文)
疾風怒雨 禽鳥戚戚 霽日光風 草木欣欣
可見天地不可一日無和気 人心不可一日無喜神
疾風怒雨には、禽鳥も戚々たり。
霽日光風には、草木も欣々たり。
見るべし、天地には一日も和気なかるべからず。
人心には一日も喜神なかるべからず。
承(意訳)
激しい風雨の中では、鳥たちでさえ不安げに身を縮めます。
一方、晴れて光と風が穏やかな日には、草木ですら生き生きとした様子を見せます。
こうして見ると、自然には一日たりとも、和やかな気配が欠けていてはならないことが分かります。同じように、人の心にも、一日として喜びの気持ちがまったくない状態は、望ましいものではありません。
転(別視点)
喜び、怒り、悲しみ、楽しみ――どの感情も、同じ人生の中にあります。
人は自然の一部にすぎず、感情もまた、自然の移ろいと同じように生まれては消えていきます。
すべてを無理にコントロールしようとするよりも、起こる出来事をあるがままに受け入れ、自然の摂理に身を委ねたほうが、流れに逆らわずに生きられるのかもしれません。
この考え方は、日々是好日の考え方に通じるものがあります。
このような日々是好日の考え方は菜根譚の別の記事でも述べられています
👉 前集066 日々是好日:心配事はほどほどにして今を楽しむ
👉 後集028 「辛い状況」も自分の価値観を変えて、楽しむ余裕を持つ
👉 後集049 あるがままを楽しむ日々是好日
結(まとめ)
同じ時間を生きるのであれば、抗うよりも受け入れ、
重く構えるよりも、晴れやかな気持ちで日々を過ごしたいものです。
喜びの心を忘れず、穏やかに、楽しく生きていく。
それもまた、「人生の羅針盤」が示す一つの方向なのでしょう。

