起 原文
聲妓晩景従良 一世之胭花無碍
貞婦白頭失守 半生之清苦倶非
語云看人只看後半截真名言也
声妓も晩景に良に従えば、一世の胭花障りなし
貞婦も白頭に守を失えば、半生の清守ともに非なり
語に云う「人を看るには、只だその後半截を看よ」と、真に名言なり
聲妓(せいぎ)、歌をうたって酒宴の席をとりもつ女性のこと;晩景、夕暮れの景色、人生の晩年;胭花、紅おしろいで化粧すること;貞婦、貞節を固く守る婦人;守、操を守ること;截(せつ)、切、限り
承 意訳
酒席で芸をすることを生業とする女性であっても、晩年に夫に仕えて立派に家政を治めたならば、過去の媚を客人に売ってきたことなど何の支障にもなりません
貞節を固く守る婦人であっても、白髪となる世代になって大切な操を失うようなことがあれば、前半生が清く正しい人生であったとしてもまるで水の泡のようになります
世の諺にもありますように「人の行いの善悪を看ようとすれば、只その後半生を看ると良い」といいますが、まさに名言です
転 別視点
人生の前半は学びの期間であり、そのころの失言や失敗は人を成長させます。人生の後半は学んだことを自分の中でどのように解釈して実行できるかが問われています。
苦労の多い半生であっても、恵まれた半生であっても、広い視野を持って自分の中で解釈して後半生を自分の価値観で生きると思われます。確かに人の価値は後半生で決まるとは理にかなった諺と思いました。
極論は、終わり良ければ全て良し、とも言えます。
結 まとめ
人生の前半は学びの期間であり、若いころの経験は人を成長させます。人生の後半は学んだことを自分で実践する期間です。だからこそ、人間の価値は後半生で決まります。
人生後半をどう生きるかというのが、その人の真の価値を現わしているということは個人的にも大変賛同しています。そして自分にも常に言い聞かせています。でも更にいうと、人生最後の方の生きざまは極めて重要と思います。
以前観た映画に「ファミリー」(1983年アメリカ)という映画があります。自分の死を前にして、自分の子供たちのために懸命に生きる姿が描かれています。この姿には大変感動しました。
👉 映画で考える「母の愛」 命の終わりに人は何を選ぶのか?

